Talking Eyes

プチパパは、山口で元気に暮らしています。痩せたし、ほぼ健康になったし ・・・・ 多少、否、多分に刺激欠乏症気味ですが(笑)

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鯨づくし

ボクが小さかったころ、肉といえば鯨でした。

下関の鯨の店に行く機会があり、なつかしくあれこれと頼んでしまいました。

おばいけ
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子供のころは嫌いでした。

ベーコン
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しぐれ煮
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むかしは、こんなしゃれたもの、見たこともありませんでした。

竜田揚げ
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給食の大好きなメニューでした v

ステーキ
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昔は、ただ焼いて、ウスターソースをかけて食べていたかな。

カツ
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竜田揚げのほうがよかった。

でも、思ったのですが、すべて肉が柔らかい。昔はこんなにやわらかくなかったゾ!


鯨の姿は写せなかったのですが、骨格標本を

尻尾から(3Fから)
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頭から(1Fから)
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これが捕鯨船(たぶん)
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ボクがウォーキングをサボった理由

朝起きたら、天気予報どおりの雨!
これじゃぁ、歩けませんよね。

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そういえば、雨が降ったときは、たとえばこんな写真を撮って遊んでいましたね。
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念のために言っておきますが、昨日3日目はちゃんと歩きましたよ ・・・・ ホントだよぉ、信じてくれよぉ~

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ウォーキング2日目のアリバイ

珍しく6時のアラームで目が覚めませんでしたが。
もっとも、6時では、まだ暗いので、足が外に向きません (^^ゞ

6時半だとそれなりに明るく、すがすがしい朝~!って感じになります。
でも、今朝は、昨日よりもちょっと寒かったですね。
それでも歩きましたよ、ショートバージョンですが。

庭のお手入れがい行き届いたお宅の白梅
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今は盛りと咲き誇る紅梅
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盛者必衰の理を知らないのかしら。

ほらっ、後釜を狙う彼岸桜の気配を感じませんか?
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なんてバカやってると、お天道様がすっかり顔を出してきました。
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この木、肉眼では朝日に枯葉がもっと輝いていたのですが ・・・ 未熟ですね。
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ススキは輝きました。
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実行あるのみ!

今日は《宣言》ではなく《実行》です。
はい、ちゃんと歩いてきました。ショートバージョンですが。(← 声が小さくなる)

労災病院の彼岸桜の蕾が丸くなっていました。春への備えが、着々と進んで入るようです。染井吉野は、「オレの出番はまだだ」とばかりに、硬く尖がっています。

堤には、例の鳥はいませんでしたが、鵜が一羽と鴨が三羽、すいすいと ・・・ なにをしているのでしょうね。餌を採るではなく、単に水面を進んでいるだけです。

なぜここに生えているかわからない不思議バナナは、地上部分はすっかり枯れています。でも、暖かくなると、息を吹き返してくるのでしょうね。たくましいですね。


30分ばかりしか歩いていないのですが、家に戻ると、すっかり昼の明るさ(光はまだ赤いですが)。
あんなに頑なだった庭の梅も少しばかり花が増え、だんだんサマになりつつあります。
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このままストレートに暖かくなるとは思えませんが、着実に春の気配が近づいてきていることをイヤでも感じさせられてしますね。(← まったく素直じゃないんだから!)


もちろん、明日もあさっても、雨や雪が降らない限り、寒い風が吹かない限り、二日酔いじゃない限り、よっぽど落ち込んでいない限り、ちゃんと歩きますよ!


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時は寿永4年3月24日(1185年4月25日)

一ノ谷、屋島と瀬戸内海を下りながら転戦してきた源氏と平家ですが、ここ壇ノ浦(関門海峡)で最後の合戦が行われました。
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前半は押し気味に戦いを進めたものの、後半は防戦一方となった平家。戦死者も多数出るに至り、「もはやこれまで」と悟った二位の尼は、「今ぞしる みもすそ川のおんながれ 波の下にも 都ありとは」と辞世の歌を詠んだのちに、幼帝安徳天皇を双の手で抱き、三種の神器の一つである天叢雲剣を腰(あめのむらくものつるぎ)につけて入水。安徳天皇は、御歳8歳であったとさ。
前置きが長くなりましたが、その安徳天皇を弔うために建てられたのが赤間神宮です。


赤間神宮は、龍宮城をイメージして作られているそうです。でも、誰か、龍宮城を見たことあるのでしょうか (フシギジャ !
これが龍宮城の入口水天門。
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水天門をくぐると、
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本殿(大安殿)があります。
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(建物は、すべて戦後の再建です。)

本殿の左には、平家武将たちの墓(平家塚)や、
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耳なし芳一がこもったというお堂(芳一堂)があります。
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この狛犬の尻尾におみくじを結んだヒト、好きです。
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叱られるかもしれませんが、かわいいですよね。真ん中ではなく、左に結んであるところにセンスを感じます(笑)


少し戻って、水門天の左側に安徳天皇阿弥陀寺陵(あみだじのみささぎ)があります。
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全国の平家伝説は、この壇ノ浦の合戦の敗北から始まるのですが、安徳天皇のお墓も、ここ下関の北西にある豊田町(現在は下関市)にもあります。
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先帝祭という赤間神宮のお祭がGWの連休のころにあります。
レジャーの乏しかった昔は「関の先帝、小倉の祗園。雨が降らねば金が降る」と言われたほどにぎやかなお祭りだったようです。

赤間神宮の左隣に、下関で最も格調高く由緒正しくお値段も高い河豚を食べさせる店があります。
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「春帆楼」(しゅんぱんろう)です。

ちなみに、山口県では河豚のことを「ふぐ」ではなく「ふく」といいます。「福」と縁起をかついでいるのでしょうね。

春帆楼は歴史ある料亭で、日清戦争終結に当たっての講和会議はここで行われています。
そのときのゆかりの品々を展示している日清講和記念館が敷地内にあります。
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でも、その春帆楼も、いきさつは知りませんが、今ではオリックスに買収されちまってます(たぶん、放漫経営の果てのことかなと勝手に推測)。


赤間神宮と春帆楼を海峡の向こう側、門司港レトロから見るとこんな感じです。
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秋吉台山焼き

「まあ、点火の瞬間を見たいわけじゃないし」とタカをくくって行ったら、雲と区別がつかないくらいに、もう煙が上がってる。

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とは言っても、日ごろの運動不足がたたって、上り坂のきついこと!

やっとの思いで眺望が開けているところにでたら(枯れ草がジャマですが)、

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もう、けっこう進んでいます。

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ン!さっきから、足元のほうでパチパチ音がするぞ。まさかこっちに燃え広がってるんじゃないだろうな。
と思っていたら、火は対面の斜面でした (ホッ !

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でも、びっくりしたのですが、燃え広がるスピードの速いこと!
あっという間に、遊歩道まで燃えてしまいました。(この間↑↓、約8分弱)

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遊歩道が防火帯になるかと思いきや、難なく突破され、

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ついに蹂躙されてしまいました。

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みなさん、火の怖さ、火事の恐ろしさをガッテンしていただけましたでしょうか?(小野アナウンサーふうに)

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あれぇ~
なんか、趣旨が変わってしまったような ・・・・


山口では、秋吉台の山焼きが終わると、「あ~、春になるなぁ」というカンジでしょうか(長く離れていたので分かりませんが)。奈良東大寺二月堂のお水取りや、富山湾のホタルイカのようなものでしょうね。


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Live Show : 秋吉台の山焼き

02/21(Sun)に秋吉台の山焼きが行われます。
バナー(カルストライブショウ!)をクリックすると、その様子を生中継で見れます。ただし、このライブカメラ、Internet Explorer以外だとパンできないみたいです(Operaでズームはできました)。

この山焼きは、雄大でなかなかのものですので、ぜひご覧ください。当日、プチパパは、もちろん現場に行きますョ (^^v なにせ、実家から30分ぐらいなものなので。
なお、雨天の場合は02/27(Sat)に順延されます。
また、03/06(Sat)の夜に秋吉台野火の祭典と称して、夜間の山焼き(02/21に燃え残ったところ)があるそうです。

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まぼろし探偵

01/07にダイエット宣言し、02/08に再開を宣言しておきながら意志薄弱でサボッてきた朝のウォーキング。
暖かな今日、リハビリを兼ねて午前中に家の周りを散歩してきました。

(マウスカーソルが になる写真は、クリックするとクローズアップできます)

下の堤で以前から見かけていた鳥が今日もいました。
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この姿、まぼろし探偵(チョ~古っ!)に似てませんか、特に風になびくスカーフのような毛とか、マスクをつけたような目元とか。

そこにもう一羽飛んできたので、
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きっと、縄張りを守るためかナンパ目的かできっと飛び立つだろう。その飛び立つ瞬間を撮ろうと構えていたのですが、肩透かしでした。微動だにしない!
この鳥、夕方近くに父親の病院に行くときにも、同じ場所に同じ姿勢でいました。右のモジャモジャの中に巣でもあって、それを守っているのでしょうか ?!

飛んできた鳥はというと、
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こちらも木にとまり、のんびりと暖かな陽を楽しみ始めました。

大学2年か3年のときの夏休みの宿題で「植物採集 500種以上」というのがありました(この宿題、まだあるのかしら?)。採集したあと、今でもその苦労を思い出すのですが、植物検索表で「木本か草本か」から始まって、「花弁数」や「葉脈の種類」などなどで名前を調べるのが大変でした。それで少しは植物の名前を覚えたのですが、さすがに「鳥類採集」というのはありませんでしたので(爆)、鳥の名前にはとんと疎いのです(常識がないとも言いますが)。これらの鳥、なんというのでしょうね。

それにしても、鳥を写すには、200mmではぜんぜん役不足ですね。手持ちでもっとも長いのが300mmですが、まあ大差はないでしょう。お年寄りの方々がよくお持ちの立派なデジイチやレンズがうらやましい!


そうそう、ご近所のこのお宅、お手入れが行き届いていると感心しました。
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実家の荒れ放題の庭とは大違い。


明日の秋吉台、晴れそうですね。山焼きに行きます、30年ぶり以上です。


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山口市旧市街はまだ寒い

山口市街地に下りて古熊神社に行ってきました。ここは天神様なのだから、梅はいかがかと。

盆地のせいでしょうか、まだ少々早いようです。
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何回も行っているくせに今まで気づきませんでしたが、賽銭箱の上に古そうな絵が掛けてあります。
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曲水の宴のようすでしょうか。

これも気づきませんでしたが、賽銭箱の脇に、参拝作法の説明がありました。
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ちょっと好みではありませんが、まあ私を含めて作法を知らない人が多いのでしょうからしょうがないのでしょうね。

でも、ここまでくると、興ざめですね。
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この絵、箱根神社にも同じものがありました。


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萩往還(佐々並~山口)

大内氏を滅ぼした毛利氏が中国一円を支配しましたが、関が原の戦いで敗北した西軍(豊臣側)の総大将に担ぎ上げられていたため、所領は周防・長門になり、石高も120万石から36万石まで減ってしまいました。
さらに、一国一城政策で、交通不便な日本海側の萩にお城を構えることになりました。でも、参勤交代があるので、とりあえず山陽側に出る道が必要になり、作られた道が萩往還です。
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参勤交代一行は、萩からこの道を通って旧山口市へ、さらに瀬戸内海沿岸の三田尻(現在の防府市)へ。そこらか阪神か、ひょっとしたら遠州あたりまで(想像)船で行ったらしいです(これは事実)。

江戸時代末期には、萩ではあまりに不便なので旧山口市に藩庁(現在の山口県庁の場所に門だけが残っている)を設置したそうで、
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ここと萩のお城の間を早馬のクーリエが定期便で走ったことでしょう(司馬遼太郎的想像)。


峰越林道から県道62号坂堂峠を通って山口旧市街に抜ける途中で、この萩往還と交差しました。

この坂道を登ると萩方面で、
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こちらの坂道を下ると山口方面。
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この道は、山口市の天花に出ます。
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60歳になる前にこの萩往還を歩いてみたいなとは思うのですが ・・・・


ともあれ、この萩往還レポート、おいおい山口~防府編と萩~佐々並編を作ろうと思います。




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大内文化

わが心のふるさと山口市は、貴族志向の強かった大内氏が室町時代後期から南北朝時代に戦乱(応仁の乱など)の京都から逃れたたくさんの公家などを庇護し、「西の京」として文化的にたいそう栄えたらしいですね。
詳しくは(大して詳しくないけど:汗)、06/02/1507/11/25 をご覧あれ。
大内氏は、それまでの多々良氏に代わって12世紀半ばから今の山口県を中心に(ピーク時には中国地方全域や北九州まで)支配し、16世紀半ばに毛利氏に滅ぼされた武家です。

学生時代は、吉田松陰、桂小五郎(木戸孝允)、村田蔵六(大村益次郎)などの幕末の志士たちのゆかりの地は訪ねていたのですが、大内氏関係はほとんど行っていませんでした。
で、大内氏遺跡凌雲寺跡という看板につられてフラフラと入った田舎道。

画像中央の坂道(実は石段)を左に上がると凌雲寺があった場所。
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この寺が大内義興(第30代当主)の菩提寺だったのでしょうか、墓所がありました。
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解説によると、凌雲寺は、大内氏滅亡後に庇護を失って廃寺になったとか。

また、この凌雲寺の南側に高さ3m・幅60m石垣があるところから、城塞もかねていたのではないかとのこと。
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この景色、なかなかのものだと思いませんか。なにか海外(映画かも)で見た景色に似ているものを感じましたが、どこだか思い出しません。

石垣が切れているところが惣門(正門)跡らしい。
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石垣の石、メチャ大きいですよね。

あぜ道を通っていたら、人生をほぼ全うしたつわぶきがありました。
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初めて知りましたが、つわぶきの種って、タンポポみたいなのですね。


この田舎道をなおも進むと山道に変わり、結局、西鳳便山と東鳳便山の間を抜ける峰越林道を走破することになりました。この道は、プチパパが上京してからできた道なので、初めて通ります。

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出会いは突然に

ぜんぜん狙っていたわけではなく、もちろん待っていたわけでもなく、この出会いはまったくの偶然でした。

山陽本線厚狭駅の小野田側、厚狭川鉄橋を渡るJR西日本のドクターWESTキヤ141系です。

上り側先頭車両(キクヤ141)
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下り側先頭車両(キヤ141)
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(どちらもクリックすると大きくなります)

なにせ突然のことでカメラを向けてシャッターを押すのが精一杯でした。ズームアウトして編成を1フレームに入れる余裕はまったくなし。
写せただけでもラッキーということでしょう。さあ、グリーンジャンボを買うゾ!


そうそう、イタリア女がゾロ目を迎えました。
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If winter comes, can spring be far behind ?

になる写真は大きくなります)


2・3日前から、庭の梅がちらほら咲き始めました。

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冬きたりなば、春遠からじ。いわんや、梅の花が咲き始めれば、春はもうすぐそこまで来ているということなのでしょう。個人的な感覚とは乖離があるようですが、やっぱり春なのでしょうね。

ホントにまだチラホラで ・・・・ ほとんどは、まだ寒さに耐えるかのように丸くなっています。

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この団子のような蕾のほうが個人的な感覚には近い気がします(笑)


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二たび菜の花

知人の見舞いで下関に行ったついでに、菜の花の土手にもふたたび寄ってみました。

まだまだ、大丈夫です。つぼみもまだありました。
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曇っていて発色がイマイチでしたが、十分にきれいです。
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ホトケノザも咲き始めています。
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オオイヌノフグリも、かわいい花をつけていました。
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いつも思うのですが、この花に比べて、名前がかわいくないですよね。

セキレイでしょうか。水溜りを早足で歩きながら、何かをついばんでいました。
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水も温んできて、もう足も冷たくはないでしょうね。


この土手、ツクシも出そうなカンジですね。来月まで目が離せません。



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門司港名物

門司港駅は、鹿児島本線の起点駅。その昔、門司港駅が門司駅でした。
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門司港に行ったのは、
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お雛様を見るためではなく、
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レトロな街並みを歩くためではなく、
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ハネ橋を写すためでもなく、
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ここで地ビールと
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(このために電車で行ったのですから)

焼きカレーをいただくためです。
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(店によって、見栄えや味は違うそうです)

ついでに石窯ピザもいただいちゃいましたが。
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おなかがすいていて、先に手が出ちゃいました m(_ _)m

もちろん、関門橋を眺めながらマッタリと時間を過ごすためでもありませんよ。
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次の予定があるのですから。


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門司港レトロの美人たち

今、門司港レトロに行くと、こんな美人たちにお目にかかれます。あまりに美人すぎて、口もきいてもらえませんが。

# どの写真も、クリックすると大きくなります。
# ただし、こういう載せかたを想定していなかったので、フォーカスが合っているとは限りません (^^ゞ

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早起きした朝は

寒いときにムリして歩くと体に良くない!
なんて言い訳をしながらサボッてきた朝のウォーキング。でも、携帯のアラームのおかげで、毎日6amには一度は目を覚ましていたのですよ。
そんなプチパパに朗報!
天気予報によると、今週から暖かくなるということで、ウォーキングの習慣を取り戻すべく一念発起。
リハビリ初日の月曜日は、・・・・ ゴミ捨て5分のみ (X_X)
火曜日、今日こそ歩くぞと表に出たら、
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・・・・ 雨降り。天に見放されてしまったようです。

雨さえ降っていなければチャンと歩きますので、神様、そこんとこヨロシク!
三寒四温の四温の部分だけですが :p


庭のしだれ梅、開花まであと2・3週間かしら。
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そうそう、01/07のダイエット再開宣言以来の大豆+野菜ダイエットで3キロやせました。まあまあ、いいペースですね。これに早朝ウォーキングが加われば、5キロ/月も夢じゃない。
成果が具体的に数字で見えれば、ガゼンやる気になりますね v




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まるで田舎のバイパス

ここは撮り鉄さんには有名な撮影スポットです。

長い編成の列車が通ると、こんな写真が撮れるんですよ。
# って、撮り鉄さんのHPにある写真から場所を推測して行ったのですが。

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山陽新幹線ができる前の山陽本線は長大編成の特急や急行が行きかい、その長さはラストの写真の見えている部分くらいの長さだったと思うのですが ・・・・
いまでは、田舎のバイパスのように、走るのは貨物ばかりです。


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名実共に春?

になる写真は大きくなります)

花便りに誘われて、行ってきました。
公園でもなんでもない単なる土手です(笑)

対岸で野焼きをしてて、ちょっと煙ってますが、きれいでしょ!
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実家のあたりには休耕田を使った2件の菜の花プロジェクトがあるそうですが、ここもプロジェクトなのかは知りません。
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辛し和えにしたらおいしそう ・・・・ じゃなくて
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春を感じます。
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春になると、みんなアクティブになりますね。

ハチさんも、
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チビニャゴも、
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吾がイタリア女も。
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今週は暖かなようですね。その代わり、雨も降るようです。まっ、暖かくしてくれるのなら許しましょう!



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昨日見つけた変なもの

どの写真も大きくなります!

(1)いのししの親子?
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(2)パックマン(古っ!)ではありません
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こんなのもありました。
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(3)架線はあるのに線路がない(厚狭-小野田間)
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というか、この架線の下は傾斜地で、線路を敷設できないし!
撮り鉄さんにうかがったところでは、保線区の練習用ではないかとのことでした。

(4)もういっちょう線路のない架線(小野田-宇部間)
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この架線の下には、ピーク時には数十本/日も走っていた石灰岩輸送列車用の貨物専用線(厚狭-小野田-宇部間)がありましたが、専用道路を使ったトラック輸送に切り替わり、廃止・撤去されました。
ちなみに、(3)の写真の左後ろに写っているコンクリートの構造体は、その貨物線が山陽本線をオーバーパスするための跨線橋跡です。

(5)電化区間なのに気動車が走ってる!
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方向幕は「普通」となっていますが時刻表には載っていないので、たぶん回送でしょうね。
山口線ででも一仕事した帰りでしょうか。



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Generation Gap ?

実家から10分くらいのところに、撮り鉄さん(鉄道ファンのうちで写真を撮る人たち)たちには有名な撮影スポットがあります(プチパパは知りませんでしたが)。

そこに小一時間いて撮ったのがこれ。

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ご一緒になった撮り鉄さんは、「《ろくろく》か《ろくご》が来ると聞いていたのですが ・・・・ 《210》でしたねぇ」と残念そうにもらしていました。
《ろくろく》というのはEF66、《ろくご》というのはEF65、《210》はEF210という電気機関車です。
件の撮り鉄さんにとってはEF210によって淘汰されつつあるEF65/EF66のほうが珍しいようですが、私にとってはEF65/EF66は見慣れた電気機関車で、新しいEF210のほうが珍しいのですが ・・・ 1990年代から始まったEF200/EF210のデザイン、当時、新鮮に感じた記憶があります。EF65/EF66はブルートレインも牽引していましたので東京駅まで乗り入れていますが、EF200/210は貨物専用ですので東京駅まで来ません(貨物ターミナル:八潮まで)。そのため、川崎の会社に仕事に行ったときに、わざわざ鶴見機関区に見に行ったくらいです。まっ、生きてきた時代の差でしょうねぇ。

じつは、EF210牽引の貨物列車の前にEF65が単機で通過したのです。
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基準の違い!

10/02/05 13:54のGooNews(共同)によると、FOMAで通話中に3秒程度音声が途切れる障害が発生しているそうです。

お客さ~ん、そんな程度で文句を言っちゃいけませんぜ!
Softbankを見てご覧なさい。2・3秒音声が途切れるどころの騒ぎじゃありませんぜ。そんなものは日常茶飯事で、話題にもなりゃしません。通話中に宇宙人が割り込んできたり(たぶんencode/decodeエラー)、挙句に接続がブツブツ切れる。
私なんか、それでもガマンして使ってますゼ、iPhoneを。
おかげで、IDO時代から10数年使っているauを手放せませんけどね。

なぁ孫さん、上戸彩のCMも楽しくていいけど、SMAPのCMのファンも多いと思うけど、そろそろ回線品質の向上に金を使う時ではないかい。今の劣悪な品質のままでは、MNPで転出超になるのは時間の問題ですよ。SMAP全員という金のかかっているCMでどんなに客を捕まえてもね。

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