Talking Eyes

プチパパは、山口で元気に暮らしています。痩せたし、ほぼ健康になったし ・・・・ 多少、否、多分に刺激欠乏症気味ですが(笑)

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もう飛んでいました

明日から雨との予報で、急遽、ホタル撮影に行ってきました。
今シーズン初です。

20時過ぎから飛び始め、

Hotaru1R.jpg
(4枚を比較明合成)

20:15にはもうピーク。

Hotaru2R.jpg
(9枚を比較明合成)

ピークは30分以上続いたのですが、

Hotaru3R.jpg
(14枚を比較明合成)

21時過ぎにはもうお眠のようです。

Hotaru4R.jpg
(2枚を比較明合成)

ここはウチから近いので楽!


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♪あ~る晴れた~日~

アルフレッド・ハウゼのコンチネンタルタンゴが思い浮かぶほど、朝からきれいな青空。



雨が汚れを流したからでしょうか、黄砂がないからでしょうか、空が真っ青です。

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スジ雲がありますが、青空とのコントラストがきれい。低いところの白い雲の流れが速い。

空には半月

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地にはガザニア(かな?)

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このいいお天気も、今日・明日くらいみたいですね。
どこかに行きたいゾ~


ということで、夕方にちょっと出かけてみました。

小野田線南小野田駅です。

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高校時代は、この駅から電車に乗って通っていました。

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ホームはキンケイギクでいっぱい。

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ホームの外まであふれています。

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ここ小野田セメント(現太平洋セメント)の発祥地ですが、もうセメントは作っていないそうですね。

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そのうちに電車が来ても、乗る人はたった2人。高校生かな。

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続いて、小野田港。

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低い雲があって、夕焼けが隠されてしまいました。

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が、まあ、雰囲気は出てるかな。


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最期の叔父さんチ

《往路》
小野田13:14-(普通)-新山口-(のぞみ36号)-広島-(のぞみ128号)-姫路-(スーパーはくと9号)-鳥取-(普通)-浜坂19:19

《復路》
浜坂13:04-(普通)-鳥取-(スーパーいなば5号)-岡山-(のぞみ37号)-新山口-(普通)-小野田19:16

この車両は気動車なのですが、振り子機構+ハイパワーエンジン搭載で速いので、とても好きです。

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(鳥取側先頭車)

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(京都側先頭車)

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(乗務員室越しのパノラマビュー)

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(普通車の室内)

スーパーはくと/スーパーいなばに乗った姫路/岡山-鳥取間のうち、上郡-智頭間が智頭急行線なのですが、この区間と山陽本線区間(姫路-上郡/上郡-岡山)の乗り心地はグーです。それに引き換え、智頭-鳥取間の因美線区間はまさにローカル線!ってカンジでした。

復路の本州横断は、同じ区間を同じ車両で走っても芸がないので、スーパーいなばのJRの187系。

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# 写真は、新山口から到着したスーパーおき4号。老婆との二人旅ですから、
# こっちのほうが良かったのですけどね。
# もう1時間少々早く出られたら、この列車に乗って乗り換えなしで来れたのですが。

この車両も速いのですが、デザインにセンスが感じられないので好きではありません。特に、前面の警戒色(黄色)。偉大なるローカル線山陰本線や陰陽連絡線といった田舎区間を高速で走るからというのが理由のようですが、もう少し考えてほしいですね。
その「田舎区間」はこんなです(復路はあいにくの雨でした)。

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それにしても、片道6時間は長かった。東京を飛行機で2往復できる時間ですものね。
とにかく、乗り継ぎの連絡が悪くって(涙)


そうそう、乗り鉄のために行ったのではないですよ。叔父さんのお葬式でした。ボクももうそれなりの歳ですからお葬式が続くのもしょうがないのですが、やはり寂しいものです。

小中学校のころ(1960年代)は、夏休みのたびに、京都(母親の実家)かこの叔父さんの家に行っていました。

当時、この叔父さんの家に行くときは、早朝に宇部を出発し、浜坂駅に着いたら真っ暗でしたから、10数時間乗っていたような気がします。列車の表定速度は、たぶん40km/hも出ていなかったでしょうね(ひょっとしたら30km/h程度かも)。
小郡(現新山口)からの山口線はSL牽引、石見益田(現益田)からの山陰本線はSLまたはDL(たぶんDF50)牽引の旧型客車。
SL牽引時は、トンネルに入る前の汽笛を合図に窓を閉めるという必須動作(笑)がありました。トイレは、現在のようなタンク式ではなく、「黄害」とも言われていた垂れ流し。だから、駅に停車中は使えませんでした。。
一人で行くようになってからは、下関まで出て山陰本線をチンタラ行ったり(いわゆる824列車:門司発福知山行き普通列車)、厚狭に出て美祢線経由で長門市に出て山陰本線に乗ったり、岡山から伯備線で行ったり(これはかなりあと)していました。スイッチバックを通りたくて木次(きすき)線経由も計画した記憶があります。しかし、理由は覚えていませんが、これは実現しませんでした。
いまでも機関車+客車という列車が好きなのですが、その原点はこのころにあるのかもしれません。
我が家の経済状態が「下」から「下の上」に昇格(笑)してからは、準急あきよしや急行さんべも利用していました。それでもけっこうな時間がかかっていたと思います。

向こうに行くと、同い年の従兄弟がいて、下の川で泳いだり魚を捕ったり(「釣ったり」ではない)、とにかく自然三昧で一日中遊んでいました。

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土手の向こうが川です。
叔父さんの家は、実際には写真よりも30分くらい上流(つまり、もっと山の中)です。

一昨年に叔母が亡くなり、今回叔父が亡くなり、従兄弟たちは家を出ていますので、この家にももう行くこともないでしょうね。
今回のお葬式も「ボクだけで行こうか」とウチの老婆に言ったのですが、米寿の老婆もそう思ったのでしょう、一緒に行くことになったのです。




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おひさ~

1か月も更新をサボってしまいました。

先日、京都に行ってきました。3年ぶりです。

用事があったのは、ココ鞍馬口(註:鞍馬天狗の鞍馬山とは違います)の千松山遍照院上善寺
観光寺院ではないので、境内は静かです。

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このお寺にウチの墓があり、1月に亡くなった父親を百ヶ日で納骨してきました。


このお寺は歴史のあるお寺で、今回はじめて知ったのですが、「長州人首塚」というのがあるのです。

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なぜここにあるのか、上善寺と長州はどんな関係だったのかは分かりません。しいて言えば、たまたま、御所と近かったということくらいしか思い浮かびません。まっ、次回行ったときにでも、ご住職に尋ねてみます。

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塚の右脇にある石碑にいわれが書いてあったのですが、やはり読めません(^^;

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薩摩と会津の陰謀で御所警備をクビになった堺町御門の変のあと、起死回生を狙った禁門の変(蛤御門の変)で戦死した入江九一らの塚らしいということしか分かりません。
ちなみに、堺町御門は、御所の南側中央の丸太町通り面したココです。


京都に行ったついでに、未訪の醍醐寺にも行ってきました。
山科方面は「不便」「田舎」、醍醐は「もっと不便」「歩く」というイメージで敬遠していたのですが、地下鉄東西線(千葉には行きません:笑)で行くと、烏丸御池から醍醐まで20分。駅からバスで5分、「早い!」「楽ちん!」です。友人の案内で行ったのですが、一緒でよかった。というか、一緒じゃなければ、行こうという気にならなかった。

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醍醐寺といえば奥村土牛の「醍醐」(山種美術館所蔵)ですが、もちろんしだれ桜の季節は終わっています。

でも、八重桜は少し写せました。

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でも、GWはもうダメでしょうね。


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