Talking Eyes

プチパパは、山口で元気に暮らしています。痩せたし、ほぼ健康になったし ・・・・ 多少、否、多分に刺激欠乏症気味ですが(笑)

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地元の歴史散歩

実家と小野田市(現在は広域合併で山陽小野田市)とのつきあいは1976年以来34年にもなるけど、ボクと小野田市のつきあいは高校時代の2年間だけ。だから、この町とあまりなじみはないし、この町のこともあまり知らない。
この町に関する知識や人脈の源泉は高校時代からの友人マー君。

先日、二人で昼食を食べに行ったときのこと、ふと目に付いた浜五挺唐樋に連れて行ったもらった。
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山口県瀬戸内海側の平地の多くは、時代はいろいろだけど、干拓地だそうです。
この場所は江戸時代の干拓地で、干拓地内の川の水を海が引き潮のときに流し、満ち潮のときに海水が入ってこないように自動的に開閉する水門が唐樋だそうです。ちなみに、人力で開閉する水門は南蛮樋というそうです。
DSC_2275R1.jpg

彼が好きだという路地と塀。
DSC_2280R1.jpg

この塀のレンガがユニークで、耐火煉瓦に釉薬がついているので、どこかの窯の廃材の再利用かなということになりました。
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そこで、さっそく調査開始!

まずは小野田セメント(現太平洋セメント小野田工場)の徳利窯へ。
DSC_2284R1.jpg
さすが、案内板もセメントの原料である石灰岩!
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ここの徳利窯が、現存するセメントの焼成窯として日本最古とのこと。
DSC_2287R1.jpg
保存のための補修はしてありますが、基本的に窯の煉瓦等は創業時のものだそうです。
DSC_2297R1.jpg

でも、ちがいますね。
近いのでこちらから来ましたが、石灰石の焼成に釉薬は使いませんものね。

次は、旦(だん)の登り窯。
オーナーが市に寄贈され、これから調査や保存工事が行われるそうです。
DSC_2323R1.jpg
案内板によると、この窯では硫酸瓶を作っていたそうです。
DSC_2309R1.jpg

で、ビンゴー!
DSC_2314R1.jpg

この窯の廃材だったのですね、あの塀の耐火煉瓦は。
DSC_2317R1.jpg

これが窯の内部。
DSC_2319R1.jpg

マー君によると、ここでは焼酎瓶も作られていたそうで、口が小さいコレ↓↓が焼酎瓶。
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徳利窯で作るセメント、この硫酸瓶に入れた硫酸、そして海底炭鉱で採掘された石炭のおかげで、小野田の産業の隆盛があったそうです。


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コメント


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過去の記事にコメントして、すみません。ちょっと気になったので。
このびんは、焼酎の瓶ではなくて「硫酸瓶(りゅうさんびん)」です。
小野田は化学薬品を製造してきた町で、市内の町名に「セメント町」「硫酸町」など、そのものズバリの名前があります。
最近は作ってないので、このビンを勝手に持ち帰って、古物商に売ってしまう人もいるようです。たしかに希少価値はあるかもしれませんが、地元民にとっては郷愁を誘うものなので残しておいて欲しいです。ではお邪魔しました。

与謝野 | URL | 2010-08-14(Sat)12:29 [編集]


与謝野さん、ご指摘ありがとうございます。
口が小さいのが硫酸瓶で、口の大きいのが焼酎瓶ということですね。きっと私が聞き間違えたのですね。

プチパパ | URL | 2010-08-14(Sat)13:10 [編集]


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