Talking Eyes

プチパパは、山口で元気に暮らしています。痩せたし、ほぼ健康になったし ・・・・ 多少、否、多分に刺激欠乏症気味ですが(笑)

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ノスタルジックツアー

吾が第二のふるさと、山口に行ってきました。

山口が歴史に登場するのは、大内さんの時代(室町時代、特に応仁の乱のころ)と毛利さんの時代(特に幕末)。
最初に行ったのは、サビエル記念聖堂
IMG_2316R.jpg
この建物は最近の再建で、プチパパがいたころとはぜんぜん違う。
2・3年に1回くらい、山口はホワイトクリスマスになったのですが、そのときに旧記念聖堂(といっても室町時代の建物ではなく戦後の建物ですが)の正面の大きなもみの木が雰囲気のあるクリスマスツリーになるのです。でも、そのころの建物は、残念ながら消失してしまったそうです。でもね、すぐ下が消防署なのですけど・・・。再建時にもみの木も切ってしまったのでしょうね。
これ↓↓が、話題のフランシスコ・サビエルさんです(右手にも注目)。
IMG_2318R.jpg IMG_2319R.jpg
ちなみに、サビエルさんが山口に来たのは大内さんの時代だったようです。

これが県庁の正門・・・・・・・・・・これが県庁の庁舎です。
IMG_2323R.jpg IMG_2324R.jpg
ウソです。
左は、幕末に設置された毛利藩山口藩庁正門で現県庁の西門。右の写真では、手前が旧庁舎、何の特徴もない奥の茶色の建物が現本庁舎のようです。

歴史を遡ること500有余年、応仁の乱のころに京都を逃れた公卿貴族をたくさん受け入れた太っ腹大内さん。
彼らにゴマをすろうとしたのか、はたまた親切にもホームシックに対応しようとしたのか、山口に京都を再現しようとしたようで、山口市街の中央を流れる小さな川一の坂川を京都の賀茂川に見立てて街づくりをしたそうです。たとえば八坂神社があり、夏(7月下旬だったかな)には祇園祭もあります。
IMG_2332R.jpg
少々貧相ですが、これが八坂神社です。
文化的には、この頃が山口の黄金時代だったのでしょうね。
山口のお土産の大内人形(結構高いのです!)もこの時代に祖があるとも聞いたことがあります。

山口の観光のシンボルとされているのはこの瑠璃光寺(素性はよく知りません)。
IMG_2329R.jpg IMG_2330R.jpg
(写真は五重塔の上三層です。)
もちろん、お酒を持って入ってはいけないんですよ。でもね、学生時代には、よく持って入っていました(スミマセンです)。
夜はライトアップされて、プチデートコースでした。もちろん自転車で行っていました。

その学生時代を過ごしたキャンパスがこれ。
IMG_2335R.jpg
入学したのは統合移転の途中でキャンパスは広々としていたのですが、今回行ってみたら、なんか窮屈な感じでした。建物も古くなっていたし・・・
そして、これが、約1年半暮らした男子寮です。
IMG_2336R.jpg
外観は変わっていませんが、中はどうなのでしょうね。

プチパパはこの町が好きです夏は暑いし冬は寒い。県庁所在地としては全国でもっとも小さい(人口の少ない)。田舎だし。でも、「♪この町が好きさ~、君がいるから♪」と歌いたくなるくらいに。きっと、最も多感な時期を過ごしたからでしょうね。町のそこかしこに思い出がしみこんでいるからでしょうね。

最近、こんなキャンペーンをやっているようです。
IMG_2322R.jpg
帰れるものなら帰りたいです、山口へ。
でも、都会にすっかり毒されているこの体、山口に3日もいると禁断症状が出るのです。「刺激~、刺激をくれ~」って!

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